女子と一緒に走りたい、それも自分と思いを同じくできるような相手と…普段からそう言っていたけれど、なかなかそれが果たせなかった
千鳥饅頭氏。そんな氏についに彼女ができて、サイクリングに出かけるのだという。そんなデートに道案内役として付き添うことになった…なんだただのガーミンくんか…
向かう先が南の方で、北の地区に住む彼女がそこへ向かおうと思ったら市街地を通ってこなくてはならず面倒なので、そこをパスした乙女河原こと甲佐町の津志田河川公園まで車載できてもらい、そこで合流しようという手はずになった。
集合時間の9:00をちょっと回って、彼女、カエラ氏が到着。軽自動車の小さなラゲッジルームからバイクを取り出して前輪を嵌めて、瞬きする間に準備完了。
乙女河原は思ったよりも遠かった…ここよりもっと遠くに、しかも自転車で行くのかと思うと、とても信じられないと彼女が漏らす。それを聞いて、彼女をできるだけ遠くへ連れていってあげたい、そう思った。
集合時間きっかりに到着してお待ちかねだったもうひとりのサポート役、
メガネ店長。出発が遅くなって、かなりぶっ飛ばしてきた模様で、暑い暑いを連発。多少穏やかな気温になったとはいえ、けっこう寒いのにだ。これでこの日の面子が揃った。
設定したルートは、乙女河原~豊野~海東~小川町~立神峡~ふれあいセンターいずみ~二俣五橋~甲佐~乙女河原という一周60kmほどの周回コース。アップダウンと平坦が続き、ふれあいセンターいずみに向かって徐々に登っていくという、初心者にも馴染みやすいもの。
県道国道をメインで使うものの、交通量が少ないことで実に走りやすいと思う。
どこへ連れていってもらえるんだろう?…不安と期待が入り混じった彼女とスタート。田口橋方向に少し戻って、五色山を廻って、南変電所を通って県道32号に出る。いきなりアップダウンが現れるので、あそこを登るの?との声が女子たちから聞こえたが、聞く耳を持たずにずんずん進んだ。
このルートは初めてだというメガネ店長。しきりに、ここはいいアップダウンだ!とすっかり気に入った様子。県道なのに車両の通行も少なくて、本当にサイクリングにうってつけな道なのだ。
彼も道好きの同志。ただ走るんじゃなくて、走ることを練習だとか思うんじゃなくて、どんな道があるだろう、知らない道に行ってみたいと思うタイプ。乙女河原に向かう途中でトレインを組んだ集団がお互いに声をかけ合いながら疾風の様に抜いていったけど、あんな風にがむしゃらに走るのは、自分はちっとも性が合わない。道を楽しみながら、どこまでも遠くへ走ってみたい。そんな気持を共有できる相手がいることがほんとうにありがたい。
豊野までくると、前方に現れる急勾配。それまで平らだった道が急に持ち上がっていて、見る者すべてを恐れさせる、通称・豊野の壁だ。一度でも登れば、そのチャレンジしがいのある勾配が登る者の気持ちを高揚させるのだが…見た目があまりにも圧倒的なんだよね。
まさか、あれを登るんですか?
もちろんここが初めてのカエラ氏の口からも、ため息が漏れる。
いえ、今日は脇に逸れますw…そう、実はちゃんと迂回路があるんです。
思えばここにくる度に、千鳥饅頭氏を導いていたのは右の急坂だった。坂が苦手な彼女にその気持ちを克服させようと思った親心だった。そのお陰もあってか、彼女の坂への嫌悪は少しずつ拭われていった。前回ここにきた時に、はじめて彼女を左の道に招いた。そこには彼女の眼を奪ういくつかのかけがいのないものが待っていた。この日はまず、カエラ氏をそこへ連れていくことにした。
のどかな水路沿いの道を通って、200年近い歴史を持ち、宇城市の重要文化財にも指定されている石橋・山崎橋に到着。
熊本市から延岡市に至る国道218号と我々が走ってきた県道32号が交わるこの場所は、その交差が丘陵を跨ぐように行われいて、そう、さっきの急坂はそのためものなのだが、そこから少し外れるとこんな里の景色がある。クルマで幹線道路を行き来するだけでは知り得ない、ある意味秘密の場所だ。山崎橋は、石橋そのもの立派さはもちろん、川辺にも表情があって実に素晴らしい。
「 車一切通遍加良須」つまり車両の通行を古くから禁じた文言が刻まれたような橋が、こうやってひっそりと残されているなんて。こんなひと知れない場所に、自転車だからこそこれたことに、彼女たちの気持も小さく躍っていたようだ。
橋自体に不思議なうねりがあり、その表情はいくら見ていても飽きることはない。
と、停まってばかりいては先に進めない。少し行って県道32号をアンダーパスすると、下郷神社脇の御手洗水源に出る。
謂れもあり、熊本名水百選にも挙げられている場所だが、これまで幾度か自転車で通っていたのにすっかり見落としていた。2011年12月1日放映のNHK BS「にっぽん縦断、こころ旅」で紹介されていて、こんなところに水場があったのかと、負うた子に教えられて浅瀬を渡るような気持ちになった次第。
ここでケツカッチンのメガネ店長が、残念ながらUターン。彼が南変電所まで戻ると、3名のローディとすれ違ったとかで…その彼らが、我々を追って同じルートを辿ってきていることに全く気づかなかった。
水路沿いの道をしばらく走って、再び県道32号に出る。
ここからは俺のターン。女どもを置いてアップダウンをものともせずにMAX漕いで…疲れた…てなかんじで、度々心拍を上げていたのだが、先行してハアハアいって後続を待つ度に意外と早く追いついてくるので、なんとなくウサギとカメ状態。そんな感じで、小川町まで一気に駆け抜けた。
ペースがよかったからだろう、追走者たちからもまだ逃げ切れているようだ。
彼女たちの脚がよく回っていたのは、ここへ立ち寄ることが織り込み済みだったから。甘い言葉より甘いもの…女の機嫌をとるにはこれに限る。
追っかけてきていた男どもは、南海東から左折して生姜の里へ抜ける峠を選択したようで、追いつかれる心配は消えた。まあ、そんなことが起きてるとはつゆ知らず、のんびり暖をとっている女子ふたりだった。
ここってどこなの?
小川町から竜北町に入ったところだよ。
小川町って?
ダイヤモンドシティ・バリュー(現・ イオンモール宇城 )があるところ。
へー、それってかなり遠いよね…そんな遠いところまできてしまったのか…
当然女子トークに割り込む隙などなく、はい、大人しくコーヒーを飲んでました。
同行者の足の具合次第では、ここで折り返してもいいかもねとか思っていたけど、どっこい、まだまだ先まで大丈夫ようだ。うん、行けるところまで行こうじゃない。
県道155号を進んで、宮原竜北農免道路に入って、高速沿いに宮原へ。国道3号線を使えばあっという間なのだが、多少廻っても、多少登っても、走りやすい道の方が断然いい。
さっき白玉ぜんざいを食べたばかりなのに、この辺りから千鳥饅頭氏のお馴染みのハラヘッタ音頭が始まる。
立神峡里地公園の吊橋で子どものように遊ぶ。
ここってどこ?
もう東陽村だよ、今は八代市に統合されてるけどね。
えっ、もう八代まできてしまったの!
東洋交流センターせせらぎでトイレ休憩。ここには農家直送野菜を使った野菜レストランもあってもちろん食事ができる。ちょうど12:00になったこともあって、千鳥饅頭氏からここで昼食にしようという意見が出る。確かにここから氷川までは登りだし、空腹ではいいこともないだろうと思ったが…女子2名が協議した末、結局、先に進むことになった。
氷川沿いの道は、最初の8kmほどは勾配も緩く、登ってることを意識しないでどんどん進める。自分自身は、ここは逆向きに下ると漕ぎ過ぎてくたびれるって場所で、登りの方が楽しめる道。ところが、千鳥饅頭氏はこのユル坂がお気に召さないようで、景色が変わらんから好きじゃないとか変な理屈をつけてくれる。
何度もきて、毎回少しずつ成長していった場所じゃないのかい、ここは?そんな場所だから、新しい仲間を本格的なサイククリングに誘う場所としてここを選んだ。彼女はこの道を、どう感じるんだろう。
氷川まではどのぐらいだっけ?
ゆっくり行っても1時間はかからないから、13:00前にはごはんにありつけるよ。
わかった。
ピークまで2kmほどの地点にくると、勾配が俄然きつくなってくる。
このあと少しづつキツクなるからね。
ここからちょっとキツイけど、がんばろう!
あとふた山あるからね。
これを下ったら最後の登りだよ。
かなりツイけど、ここを登ればお昼だからね。
キツイところを抜けるとトンネルがあって、このあと少しだけ下って、最後の登りになる。
もうちょっとだからがんばれ!では、がんばったあとにキツイところがくると、騙されたー!ってなるから、嘘はつかずに正しい情報を伝えることに注力した。
その最後の登り。目指すは前方の立派な建物。千鳥饅頭氏がゴール前の逃げを決めた。カエラ氏も、フラペであるにも関わらずダンシングを決めたりして、ペダリングは軽やかなものだった。これでビンディングにした日には…末恐ろしいものだ…
ふれあいセンターいずみに到着。
鼻先にぶら下げられたニンジンのお陰だろうか、小川町の手前と同様に女子のペダルも軽く、1時間かからなかったどころか30分ほどで着いてしまった。
ここには冬場しかこないし、だからだろうかいつも閑散としているのに、レストランにだけはひとが入ってるんだよね。
地鶏、鹿、鹿、この地ならではの食材を使った食事が供される。
ここってどこ?
旧泉村だよ、今は八代市に統合されているけど。
泉村?
3,333段の石段のそばで、ここからほどなくして五家荘だよ。
五家荘って…そんな遠くまできたの?
うん、自分の足でね。
すごいな、わたし!…でも、こんなところから帰れるの?
あとはもう下りだし、まっすぐ帰れば、1時間かからずに乙女河原だよ。
へー
表に出ると、どうしたことかカエラ氏が両手を拡げて、爽やかー!を連発。寒いのに、どこか気持がほっこりさせられた。
寒いけど、県道443号で佐俣まで意を決して下る。ここは後ろを気にせずにガンガン回して下ってかなりくたびれた。分岐で待っても後続がこないので転けでもしたかと心配していたら、かなり待ってやっと下ってきた。と、こっちだよと手を振る当方に気づかずに通り過ぎようとしたので大声で呼び止めるって一幕も。
中(地名)から折れて国道218号へ至るるこの道は、途中に路面を削ってある箇所があるものの、それを差し引けば快適そのもの。その工事ももうすぐ終わりそうだ。
佐俣から二俣五橋へ。周囲に石橋が4つしか見当たらないのになんで五橋?とカエラ氏が聞いてきたが、多分国道にかかっている鉄橋も入れて5橋なんだろうとテキトーに嘯いてみたが…釈迦院川の下流の小筵川に小筵橋ってのがあって、もうひとつの風呂橋は1999年の豪雨で一部が崩壊したためカントリーパーク運動公園に保存移設されたんだって。って、まだどれで5つなのか謎なんだが…
これは前回訪れた際に千鳥饅頭氏が撮影したもの。太陽の位置がちょうどよければこんな風に石橋のアーチとその影がハート模様を浮かび上がらせるのだが、この日はずっと薄曇りで残念だった。それでも、圧倒的な石橋の世界にカエラ氏の心は鷲づかみにされたようだった。
甲佐町まで下ると、緑川の河原はもちろん、そここからこの地ではどんど焼(どんどや)と
呼ばれる左義長の煙や火の手が。走りながらではあるが、随分燻されたからご利益があることだろう。
今日一日を噛み締めるように、緑川に沿って走る。
今回の起点、津志田河川自然公園まで戻ってきた。そう、予定通り走り切ったんだ。
朝と同様にテキパキと車載して帰路に着くカエラ氏を見送る。
実は、この日の前週1月7日に単独で90kmほど走ってたんだが、道を知るって楽しみはあったものの、午後から出かけたことで気が急いたのか、足を止めて景色を眺めようとかって余裕が一切なかった。走りとしては自分を追い込むものになってそれはそれで有意義だったけど、ちっとも楽しくなかった。
この日みたいに、彼女たちの姿をカメラに収めながら、その話に耳を傾けて、時には彼女たちを置いてずっと先まで走ってってことがとても楽しかった。それは、相手が女子だからとかって理由じゃなくて、同じような思いを持つ相手と同じ時間を共有することが楽しいって話だ。
グレーの冬景色しか並んでないのに「お花畑サイクリング」と銘打ったのは、つまりはそんなわけだ。